コラム

vol.1 糖尿病の自然経過

2025/05/12

いきなりですが、今回は一篇の詩の紹介から始めさせていただこうかと思います。

 

砂時計の詩

 

1トンの砂が、時を刻む砂時計があるそうです

その砂が、音もなく巨大な器に積もっていく様を見ていると、

時は過ぎ去るものではなく、心のうちに、からだのうちに積りゆくもの

ということを実感させられるそうです

時は過ぎ去るものではなく、こころのうち、からだのうちに積りゆくもの

 

この「砂時計の詩」は、往年の大女優、山本富士子さんのご主人が作られたそうです。
ちなみにこの砂時計は、島根県大田市の「仁摩サンドミュージアム」に世界最大の一年計砂時計「砂暦(すなごよみ)」として実在しております。

山本さんはこう語っておられます。
「私はこの言葉に出会うまでは、時は過ぎ去るものと考えていました。(中略)だからこそこの一瞬一瞬を大切に、一日一日をたいせつに、いい刻を自分の心や体の中に積もらせていくことが大事で、それがやがて豊かな心やいい人生を紡いでいってくれる。そう受けとめて、一日一日を精いっぱい生きるよう、一日を精いっぱい生きることの大切さを改めて実感させられました。」

たぶん職業病なのでしょうが、自分がこの詩を初めて見たときに思い浮かべたのが糖尿病の自然経過でした。「積もる」という言葉がそう思わせたのかと思います。
「糖尿病はバーチャルな病気である」と仰られたのは解剖学者の養老孟司先生ですが、糖尿病は患者さん自身の実感が乏しく、イメージの沸きにくい病気です。
1型糖尿病のように急激に出現するものは別として、基本的には自覚症状が出るのは糖尿病の状態になってかなりの年月が経ってからです。口が渇く、尿がたくさん出る、体重が減るといった高血糖の症状が出ると数年、三大合併症と言われている神経障害、網膜症、腎症の自然経過(ずっと何も治療しなかった場合にどうなるか)は下記に模式図を示しますが、長い経過の中で徐々に体内に積み上がっていくという印象を持ちます。
( 全ての人が同様の経過をたどるわけではなく、図表の数字もあくまで目安であることはご留意ください)

糖尿病の方をお相手するとき、患者さんの生活に、糖尿病の自然経過およびこれまでの治療経過というものさしを当てて、これからどうしていくのかということを模索するのが自分の仕事になります。

医療の進歩に伴い、合併症の出現、進展を抑えることもある程度できるようにはなりましたが。合併症が進んだ状態(図の右に行けば行くほど)になると制御が困難になります。昔から、糖尿病は早期発見、早期治療が重要と言われているのはそういう理由です。


P.S. 以下の文献を参照しました。
致知』 201310月号